生物多様性とは何か (2)「身近な生物多様性」
生物多様性の国際的な定義と最新動向
「生物多様性(biodiversity)」とは、地球上のあらゆる生物の多様さを指す概念です。国際的には、生物多様性条約(CBD)で「陸上や水中などあらゆる生態系に存在する全ての生物の変異性(種内・種間・生態系間の多様性を含む)」と定義されています。すなわち、生物多様性には「遺伝子の多様性(同じ種の中の変異)」、「種の多様性(存在する生物種の豊富さ)」、「生態系の多様性(森や川、海など環境の多様さ)」の3つのレベルが含まれます。
近年、世界の生物多様性は急速に失われつつあります。IPBES(2019)は、今後数十年で最大100万種が絶滅の危機に瀕する可能性を警告し、絶滅速度は自然状態と比べて100〜1,000倍に達する恐れがあると示しました。森林面積の減少、野生動物個体数の減少、湿地の消失など多くの指標が悪化しており、IUCN・IPBES・CBDなどの国際機関は各国政府に対し、保全と持続可能な利用の科学的根拠と政策枠組みを提示しています。日本でも、2022年採択の「昆明–モントリオール生物多様性枠組」を受け、30by30等を盛り込んだ生物多様性国家戦略(2023–2030)が策定され、気候変動と生物多様性損失という二つの危機に統合的に取り組む動きが加速しています。
1. 都市に潜む生態系と生物多様性
街中に棲む動物・植物の例
一見コンクリートジャングルのように見える都市部にも、生態系は確かに存在します。公園や街路樹の花壇には四季の草花が咲き、樹上ではカラスやムクドリ、シジュウカラなどが営巣します。夜間は街灯にガやコオロギが集まり、都市公園ではメジロやカワセミが観察されることもあります。さらに、都心でもタヌキやハクビシンなどの中・小型哺乳類の出現が報告されています。
屋上・壁面緑化が進む都市では、ビルの屋上菜園や壁面のツタ、花壇がチョウ類やテントウムシ、ハナバチ類を呼び込み、小さな「都市の森」「都市の草原」として機能します。都市河川や調整池も、水質改善や多自然型護岸への改修により、魚類やトンボ・水生昆虫の回復が見られる事例が各地で報告されています。
都市生態系がもつ機能
都市の緑地や水辺は、ヒートアイランド現象の緩和や熱中症リスクの低減に役立ちます。雨天時には植生が雨水を一時貯留・浸透させ、都市型洪水の被害軽減に貢献します。緑陰のある公園が“天然のクーラー”として体感温度を下げる効果は多数の調査で示されており、近年は「グリーンインフラ」の考え方が広まり、都市計画に生態系の機能を活かす取り組みが進展しています。生物多様性の高い都市景観は居住満足度や観光資源の価値を高め、地域のQOL向上にも寄与します。
2. 伝統的農業と里山がはぐくむ多様性
里山や棚田の事例
里山は、森林・野草地・ため池・農地・集落がモザイク状に連なった二次的自然です。薪炭採取や落ち葉堆肥、雑木林の間伐など、人の手入れが継続することで多様な生息環境が維持され、ホタルやカブトムシ、野鳥などが豊富に見られます。棚田は山間の斜面に築かれた段々田で、水循環に富み、ドジョウやカエル、ホウネンエビなど水生生物の重要な生息地となります。世界農業遺産(GIAHS)に登録された地域では、景観・生物多様性・文化観光を一体で高める取組が進んでいます。
伝統的農業が支える多様性の例
在来種の保存:京都の伝統野菜や加賀野菜など、在来品種は遺伝的多様性が高く、病害や気候変動への耐性に寄与します。これは将来の食料安全保障に不可欠な「遺伝資源の保全」です。
共生農法:落ち葉堆肥や合鴨農法など、自然の働きを活かす手法はアグロエコロジーとして注目され、化学物質依存を下げながら生態系機能を活用します。
生物の往来:里山景観では、水路を介して魚やカエルが田と川を行き来し、周囲の森林では鳥類や小型哺乳類が繁殖します。適度な人為管理が多様な生物相を生み出すことが里山の特徴です。
3. 私たちを支える「生態系サービス」の具体例
食事・医療など生活への影響
生物多様性は、生態系サービス(自然がもたらす恩恵)を通じて私たちの暮らしを支えています。ここでは特に日常生活に直結する事例をいくつか挙げます。
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食料生産
花粉媒介:世界の主要作物の相当部分(概ね3/4程度)が動物による花粉媒介に依存しており、ミツバチなど送粉者の減少は果樹・野菜の収量低下を招きます。
土壌生物:バクテリア・菌類・ミミズなど土壌生物の分解・循環機能が土の肥沃度を維持し、農地生産性を支えます。
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医薬・素材の源泉
自然由来の化合物:ペニシリン(真菌)、タキソール(針葉樹)、モルヒネ(ケシ)など、多くの医薬は生物由来です。熱帯雨林やサンゴ礁などは未解明の有用物質の宝庫とされています。
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気候調整・防災に貢献
森や干潟の防災機能:森林は豪雨時の流出を緩和し、干潟やマングローブは高潮・津波エネルギーを軽減します。
炭素吸収:森林や海洋(藻場・マングローブ等のブルーカーボン生態系)はCO2を吸収・固定し、気候変動の緩和に寄与します。
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文化・精神的価値
ホタル観賞や花見、紅葉など、自然を愛でる文化は地域生態系の恩恵です。
森林浴・登山・ダイビングなどの自然観光も、生態系の健全性に依存する産業です。
4. 変わりつつある身近な生物多様性とその課題
外来種や気候変動、人間活動の影響
外来種の侵入: ブラックバスやアライグマ、セイヨウオオマルハナバチなど、海外から持ち込まれた生物が増え、在来種と競合したり捕食したり、遺伝子汚染を引き起こす事例が増えています。例えば琵琶湖でブラックバスが在来魚を駆逐し、漁獲量が激減したことは有名です。
気候変動: 温暖化による高山帯や湿地の生息環境の縮小、台風・豪雨の頻発、外来害虫の越冬など、身近な生態系も大きな影響を受け始めています。東京周辺では南方系の昆虫や植物が北上し、在来種が減少するケースも報告されています。子供の頃見なかったセミをみるようになった等の経験をされている方も多いのではないでしょうか。
都市化・農地の大規模化: 森や湿地を宅地や商業地に転用する開発、農薬や化学肥料を大量に使う大規模農業によって、小動物や昆虫、雑草も含む多様な生物が棲みにくくなります。農地の大規模化は効率的な生産を可能にする一方で、生態系に大きな負荷を与えがちです。
保全・再生の取り組み例
企業・自治体の連携:事業所内ビオトープ整備、市民科学アプリによる出現情報の可視化、学校・NPOとのモニタリング協働など。
生態系ネットワーク:都市公園・農地・河川敷等をコリドーで結び、生物の移動経路を復元する取組が広がっています。
個人のアクション:在来種の植栽、農薬を使わない家庭菜園、外来ペットの遺棄防止、リデュース・リユース・リサイクル、自然観察会への参加など、日常の工夫で貢献できます。
5. まとめ:身近な生きものに目を向けよう
生物多様性は、私たちの足元にも、食卓にも、文化にも深く根付いています。公園の池や街路樹の小さな生態系、里山や棚田が生み出す豊かな風景、そして食料や医薬品など生活の土台を支える「生態系サービス」。それらはどれも、無数の生きものと人間の営みが織りなすネットワークの上に成り立っています。
しかし、都市化や大規模農業、外来種問題、そして気候変動など、身近な環境を取り巻く状況は大きく変わりつつあります。生物多様性が失われれば、それに伴う生態系サービスも弱体化し、私たちの暮らしや産業にも影響が及ぶでしょう。
だからこそ、まずは「自分の周りにどんな生きものがいるのか」「なぜそれが大切なのか」を知り、目を向けることが大切です。そこから一歩進んで、日々の消費行動を見直したり、保全活動や市民科学プロジェクトに参加したり、企業や自治体が取り組む施策を応援したりと、できることは多くあります。
次回以降のコラムでは、より大きな視点から生物多様性の価値や課題、具体的な保全・活用事例を掘り下げていきます。
【出典・参考文献】
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https://ipbes.net/global-assessment.
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http://www.millenniumassessment.org/.
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https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/nbsap5/index.html.
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https://www.fao.org/3/I9037EN/i9037en.pdf.
MAFF(農林水産省)n.d., 世界農業遺産(GIAHS)について,
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大阪市建設局 2021, 屋上・壁面緑化推進の取組,
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滋賀県立琵琶湖博物館・琵琶湖研究所 2018, ブラックバス影響調査報告,
https://www.lberi.jp/.
国土交通省 2020, 生態系ネットワークの推進指針,
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_goiken/econet.html.
日本自然保護協会 2024, 市民参加型自然観察・調査プログラム事例集,
https://www.nacsj.or.jp/.
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