生物多様性とは何か (7)「企業活動と生物多様性保全:ネイチャーポジティブ経済への移行と国内事例紹介」

生物多様性とは何か (7)「企業活動と生物多様性保全:ネイチャーポジティブ経済への移行と国内事例紹介」

1. 企業活動における生物多様性保全の意義と変遷

気候変動と並ぶ喫緊の課題としての生物多様性

近年、地球規模の環境課題として、気候変動と並び生物多様性の喪失が喫緊の課題として認識されています。生物多様性とは、生態系、種、遺伝子の三つのレベルにおける多様性の総体であり、森林、水、土壌といった自然資本の健全性を示す重要な指標です。この自然資本は、経済活動や社会の基盤そのものを支えるものであり、その喪失は人類の生存と経済の安定を直接的に脅かすリスクとなります。自然資本は経済・社会の基盤であり、気候変動対策を進める上でも生物多様性・自然資本の保全への取り組みは不可欠であるとの指摘があります 。

自然資本への依存と影響:ビジネスリスクと機会の可視化

企業の事業活動は、様々な形で自然資本から恩恵を受け、また影響を与えています。世界経済フォーラムの推計によると、世界のGDP約84兆ドルのうち、半分近くにあたる44兆ドルの経済価値が自然資本とその生態系サービスに依存しているとされています 。この依存は、農業や漁業のように自然資源を直接利用する産業に留まらず、製造業における水資源の利用や、物流における気候の安定性など、広範なバリューチェーンに及んでいます。

生物多様性の喪失は、企業経営にとって明確なリスクとして顕在化します。原材料の供給途絶や価格高騰、サプライチェーンの脆弱化といった物理的リスクに加え、規制強化による事業コストの増加や、環境団体からの批判によるブランド価値の毀損といったレピュテーションリスクも含まれます 。これは、生物多様性への取り組みがもはや単なる慈善活動や社会的責任ではなく、企業の持続的な成長と生存に不可欠なリスク管理戦略へとシフトしていることを意味します。企業が事業活動を通じて国内外の生態系に依存し、大きな影響を与えていることに加え、製品やサービスを通じて市場を変革する重要な役割を担っていることが、保全に取り組むべき理由の一つであると考えられています 。

ネイチャーポジティブ経済への移行:国内外の動向とビジネス機会の展望

生物多様性の危機に対応するため、国際社会は「ネイチャーポジティブ(自然を回復軌道に乗せる)」という目標を掲げています。これは、生物多様性の損失を止めて反転させ、2030年までに自然を回復軌道に乗せることを目指す、国際的な「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」の中心概念です 。

この国際目標への移行は、同時に巨大なビジネス機会を創出すると見られています。世界経済フォーラム(2020)の推計に基づくと、日本国内だけでも、ネイチャーポジティブ経済への移行によって2030年時点で約47兆円規模の新たなビジネス機会が生まれると推計されています 。この機会の4分の3以上は、炭素中立(CN)や循環経済(CE)と強く関連しており、気候変動対策と生物多様性保全が一体の課題として捉えられている現状を反映しています 。

この巨大な市場の出現は、企業が環境問題への対応をコストではなく、成長の源泉として捉える強力な動機付けとなります。環境省は、技術を持つ中小・ベンチャー企業と大企業との連携を促進するため、生物多様性ビジネスマッチングイベントを定期的に開催しており、国を挙げてこの市場創出を後押しする動きが見られます 。こうした流れは、企業が既存事業のリスクを低減するだけでなく、新たな技術やサービスを生み出し、競争力を高める好機として、生物多様性への取り組みを戦略的に位置づける必要があることを示唆しています。

表1:生物多様性に関する国内外のビジネス機会と経済的価値

区分

評価対象・指標

推計・評価額

経済的依存度

世界のGDP(年間)のうち自然資本に依存する経済価値

約44兆ドル

市場的価値

ネイチャーポジティブ経済への移行により創出される日本のビジネス機会(2030年時点)

約47兆円

非市場的価値

失われた干潟を再生することの経済的価値(年間)

約2,302億円

ツシマヤマネコの生息数を回復させることの経済的価値(年間)

約1,449億円

この表は、生物多様性の価値を貨幣換算することで可視化し、その重要性が単なる環境保全に留まらず、明確な経済的価値を有することを客観的に示しています。特に、干潟や絶滅危惧種の保全といった「非市場的価値」が膨大な金額で評価されていることは、企業の意思決定者がこの問題の根深さを理解する上で極めて重要です。


2. 日本の大手企業における戦略的アプローチと先進事例

大手企業の取り組みトレンド:TNFDへの対応と「自然共生サイト」認定

日本の大手企業は、生物多様性保全への取り組みにおいて、世界をリードする動きを見せています 。その中心的な動向は、国際的な情報開示の枠組みである「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」への対応と、国内の評価制度である「自然共生サイト」の活用です。  

TNFDは、「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」という4つの柱に基づき、企業が自社の事業活動が自然に与える「依存」と「影響」を評価し、開示することを推奨しています 。この開示は、投資家が企業の自然関連リスクを評価する上で不可欠な情報となりつつあります 。一方で、環境省が推進する「自然共生サイト」は、企業やNPOなどが所有・管理する土地における生物多様性保全の取り組みを認定する制度であり、国際的な「30by30」目標(2030年までに陸域・海域の30%以上を健全な生態系として保全する)への貢献を可視化する役割を果たしています 。  

これら二つの潮流は、相互補完的な関係にあります。企業は、自社の遊休地や工場敷地での具体的な緑地保全活動を推進し、その成果を「自然共生サイト」として認定を受けることで、TNFDの「場所の特定」や「指標と目標」といった開示推奨項目に対する具体的な回答を得ることができます。以下に、この戦略的な取り組みを実践する日本企業の先進事例を分析します。

事例1:テクノロジーと緑地保全の融合 – 富士通の取り組み

沼津工場の緑地管理戦略

情報通信業の富士通は、その広大な工場敷地を生物多様性保全の拠点として活用しています。同社の沼津工場は、約53haの敷地の約80%にあたる約43haが緑地であり、このエリアを「管理エリア」と「自然エリア」の2つに区分して維持管理を行っています 。特に、2023年10月にはこの緑地が環境省の「自然共生サイト」に認定されました 。これは、単に緑地を維持するだけでなく、自然再生能力を活かした必要最低限の管理に留めることで、日本古来の生物多様性を維持している点が評価されたものです 。この認定は、同社が「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に沿った「ネイチャーポジティブ」の実現を目指す上で、具体的な貢献を可視化する重要なステップとなります 。  

絶滅危惧種の保全活動

同社の浜松事業所では、2012年から敷地内にビオトープを開設し、絶滅危惧種の保全活動を継続的に行っています 。静岡県版レッドリストで絶滅危惧ⅠA類に指定されている希少生物「ヤリタナゴ」や「マツカサガイ」の保全に取り組み、現在では自然繁殖が確認されるほどの成果を上げています 。さらに、地域貢献として、ビオトープで繁殖したヤリタナゴを近隣の小学校に譲渡し、環境教育のモデルプログラムとして活用されています。この活動は、自社の持つ資産を活かした地域コミュニティとの連携強化の好例です.  

TNFDへの参画と開示に向けたロードマップ

富士通は、2023年10月からTNFDフォーラムに参画し、2024年以降の開示計画を策定しています 。同社は、自社の事業活動全般を包括的に評価する指標として「エコロジカル・フットプリント」を選定し、重大な負の影響要因を特定する取り組みを進めています 。この事例は、テクノロジー企業が生物多様性に取り組む上で、広大な工場緑地という物理的な「場所」と、事業活動全体の負の影響を評価する「エコロジカル・フットプリント」というデジタルな「技術」の両方を戦略的に活用していることを示しています。これは、TNFDが企業に求める情報開示に対し、自社の強みを活かした説得力のある回答を構築するアプローチとして、他の企業に示唆を与えるものです。  

事例2:本業を通じた海洋環境への貢献 – スズキの取り組み

世界初の船外機用マイクロプラスチック回収装置の開発

輸送用機械器具メーカーであるスズキは、その本業である船外機事業を通じて、海洋環境保全に貢献する独自の取り組みを推進しています 。同社は、海洋プラスチック問題の解決に貢献するため、船外機のエンジン性能に影響を与えることなく、水面付近のマイクロプラスチックを回収する装置を世界で初めて開発しました 。この画期的な装置は、2022年7月から一部の船外機に標準装備され、世界中で販売されています 。これは、環境問題への対応を、単なる社会的責任としてではなく、製品自体の付加価値を高めるビジネス機会として捉える戦略の成功例です。  

グローバルな清掃活動とサプライチェーンにおけるプラスチック削減

この取り組みは、「スズキクリーンオーシャンプロジェクト」として包括的に展開されています。同プロジェクトでは、2010年から全世界で水辺の清掃活動を実施し、多くの参加者とともに海洋環境の保護に努めています 。また、サプライチェーン全体でのプラスチック削減も積極的に進めており、純正部品や船外機本体の梱包材の一部を紙や生分解性素材に変更することで、2020年9月から2024年12月までの間に80トン以上のプラスチック使用量を削減しました 。  

大学との協働による技術のさらなる進化

スズキは、静岡大学と共同研究を行うことで、技術のさらなる向上を目指しています 。船外機用回収装置で回収された物質には、マイクロプラスチックだけでなく、砂、木くず、微小な海洋生物なども含まれるため、効率的な分別と分析が課題となっていました 。大学の持つ酵素やタンパク質に関する専門知識を活用することで、この課題を解決し、技術の精度を高めることを目指しています。この産学連携の取り組みは、企業が自社の技術だけでは解決が難しい課題を外部の専門知識で補完する、持続可能なイノベーションのモデルを示しています。  

事例3:森林経営から生まれるネイチャーポジティブ – 住友林業の取り組み

「ウッドサイクル」を通じた事業と環境保全の両立

建設業・林業を本業とする住友林業は、事業そのものが生物多様性の保全に深く関わっています 。同社は「伐採・加工→利用→再利用→植林」という独自の「ウッドサイクル」を回すことで、CO2吸収量を増やし、木材として炭素を長く固定するビジネスモデルを構築しています 。このモデルは、国際的な森林認証制度(FSC®、PEFC™)の活用により、持続可能な木材調達の確保にも貢献しています 。これは、ネイチャーポジティブが提唱する「自然を回復軌道に乗せる」という目標を、本業のビジネスプロセスとして体現している好例です。  

国内社有林と海外での熱帯泥炭地保全

住友林業は、日本国内に国土面積の約800分の1にあたる約4.8万ヘクタールの社有林を保有しており、独自の「生物多様性保全に関する基本方針」に基づいて、皆伐作業の面積を限定したり、希少動植物の保護に留意するなどの適切な森林管理を行っています 。また、海外においても、インドネシアで森林伐採や焼き畑により荒廃した熱帯泥炭地の保護区管理に携わり、乾期でも地下水位を安定管理する世界でも類を見ないモデルを確立しています 。泥炭地は炭素貯蔵庫として非常に重要であり、この取り組みは気候変動対策と生物多様性保全を同時に実現する統合的アプローチです。  

ツリーシェルターを活用した獣害対策と森林認証制度の活用

同社は、植林した苗木をシカなどの食害から守るため、「ツリーシェルター」の普及にも貢献しています 。これは、持続的な森林再生を可能にし、健全な生態系の維持に寄与するものです。さらに、富士山麓で荒廃した国有林を再生するプロジェクト「まなびの森」の取り組みが、「自然共生サイト」として認定されました 。これは、専門家が関与する長期的な計画とモニタリング体制が高く評価されたものであり、事業活動を通じた生物多様性保全の成果が公的に認められたことを示しています。

事例4:事業活動の場そのものを保全へ – キリンホールディングスの取り組み

飲料・食品メーカーであるキリンホールディングスは、事業活動を通じて「ネイチャーポジティブ」を実現するユニークな事例として注目されています 。同社は、ワイン事業のブドウ畑において、草生栽培などの自然共生農法を導入し、遊休荒廃地を生物多様性が豊かな畑へと転換しました 。このブドウ畑は、事業として農産物生産を行っている場所としては日本で唯一「自然共生サイト」として認定されるなど、その成果が公的に評価されています 。  

さらに、同社は生物多様性への取り組みをTNFDの枠組みで整理しています 。自然との接点の発見、依存関係と影響の診断、リスクと機会の評価、投資家への報告という4つのステップ(LEAPアプローチ)を実践することで、複雑な自然関連リスクを共通の枠組みで再考し、経営に統合するアプローチを取っています 。  

事例5:本業と連動した社会貢献 – トヨタ自動車の取り組み

自動車メーカーのトヨタ自動車は、里地里山に特化した生物多様性保全活動を推進しています 。同社は、自動車という製品のライフサイクル全体で環境負荷低減に取り組む一方で、絶滅危惧種の保護活動も行っています。具体的には、茅葺き屋根の材料が取れる採草地に生息するカヤネズミや、水路・ため池に生息するホトケドジョウなど、里山の固有種を保護するための環境整備を行っています 。草刈りや巣箱の設置など、各生物の生態に合わせたきめ細かな活動を通じて、多様な生物が共存できる健全な生態系の維持に貢献しています 。

事例6:技術とデータを活用した戦略 – 本田技研工業の取り組み

同じく自動車メーカーのホンダは、2011年に「Honda生物多様性ガイドライン」を制定し、事業活動と生物多様性の調和を基本方針として掲げています 。同社は、生産拠点の生物多様性リスクを統合的に評価するために、国際的な生物多様性評価ツールIBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool)を活用しています 。この評価によって優先的に取り組むべき拠点を特定し、具体的な保全活動を検討しています 。また、TNFDフォーラムへの参画を通じて、積極的な情報開示にも努めています 。

事例7:技術と製品を通じた貢献 – キヤノンの取り組み

精密機器メーカーのキヤノンは、「生物多様性保全への自社技術、製品の活用」を具体的な取り組みの一つに掲げています 。同社は、事業所を中心とした緑地保全活動に加え、生態系を育む社会づくりに貢献するため、地域社会と連携した保全活動や教育活動を推進しています 。また、環境省が推進する「30by30アライアンス」に参画するなど、国際目標の達成に向けた動きにも貢献しています 。  

事例8:総合商社の新たな役割 

三井物産:本業を活かした森林保全

総合商社の三井物産は、国内に広大な「三井物産の森」を保有しており、これを適切に管理することで生物多様性保全に貢献しています。同社は、保有する森林の約10%を「生物多様性保護林」と定め、森林の性質に応じて「特別保護林」「環境的保護林」「水土保護林」「文化的保護林」の4つに区分し、それぞれに踏み込んだ保全活動を実施しています。例えば、福島県の田代山林では、学術的に貴重な高層湿原を含む山林が尾瀬国立公園に指定されており、厳重な保護を行っています。また、北海道の宗谷山林では、日本最大の淡水魚イトウが生息する森を保護しており、北海道平取町の沙流山林では、アイヌ文化の保全にもつながる活動を積極的に行っています。

事例9:技術と製品を通じた貢献 – ソニーグループと三井化学の取り組み

ソニーグループ:事業所緑地を活かした生物多様性保全

ソニーグループは、2050年までに環境負荷ゼロを目指す長期的な環境計画「Road to Zero」を推進しており、その重点分野の一つに生物多様性保全を掲げています。同社の幸田サイトにある自然林「ソニーの森」は鳥獣保護区に指定されており、生態系の頂点に位置するフクロウの生息環境を整備するなどの保全活動を継続しています。この活動は地域住民や行政との連携のもと行われており、2023年には環境省の「自然共生サイト」にも認定されました。

三井化学:化学物質管理と製品による貢献

化学工業を営む三井化学グループは、生物多様性の損失を防ぐため、事業活動における環境負荷低減に取り組んでいます。具体的には、化学物質管理、GHG排出削減、水資源管理を重点的に進めています。自社拠点の生物多様性リスクを把握するため、IBATやBiodiversity Risk Filterといった国際的なツールを活用して評価を行っており、サプライチェーンにおける生物多様性の保全にも努めています。また、同社は環境貢献価値を示す「Blue Value®」製品を拡大しており、これは「CO2を減らす」「資源を守る」「自然と共生する」ことに貢献する製品として認定され、製品やサービスを通じて生物多様性保全に貢献しています。

事例10:金融機関の新たな役割 – 金融機関の取り組み

金融業界においても、生物多様性への取り組みが加速しています。三菱UFJフィナンシャル・グループは、中期経営計画の柱の一つに「自然資本・生物多様性の再生」を掲げ、投融資を通じてこれを推進する方針を定めています 。同行は、自然資本に負の影響を及ぼすことのないようリスクの把握に努めると同時に、自然資本を保全する事業を支援しています 。また、みずほフィナンシャルグループも同様に、金融機関として生物多様性を保全する事業を支援し、自然資本に与える負の影響の軽減に取り組む方針を示しています 。これらの金融機関は、TNFD提言に沿ったレポートを発行し、投融資ポートフォリオにおける自然資本リスクを分析するなど、金融の力でネイチャーポジティブ経済への移行を後押ししています 。  

表2:主要企業の生物多様性取り組み事例サマリー

企業名

業種

取り組み内容の概要

対象となる生態系

関連技術・パートナー

富士通

情報通信業

工場敷地の緑地保全と自然共生サイト認定、ビオトープでの絶滅危惧種保全、TNFDへの参画と開示

陸域生態系

エコロジカル・フットプリント評価、環境DNA技術、地域住民、近隣小学校

スズキ

輸送用機械器具

船外機用マイクロプラスチック回収装置の開発、グローバルな水辺清掃活動、梱包材のプラスチック削減

海洋生態系

船外機技術、海洋プラスチック回収装置、静岡大学

住友林業

建設・林業

「ウッドサイクル」を通じた森林経営、国内社有林と熱帯泥炭地保全、ツリーシェルターによる獣害対策

陸域生態系、熱帯泥炭地

森林認証制度(FSC®、PEFC™)、自然共生サイト、地域住民

キリンHD

飲料・食品

ワイン事業での自然共生農法、ブドウ畑の自然共生サイト認定、TNFDへの対応

陸域生態系(里地里山)

TNFD(LEAPアプローチ)

トヨタ

輸送用機械器具

里地里山の保全、固有種の生息環境整備

陸域生態系(里地里山)

-

ホンダ

輸送用機械器具

IBATによる優先拠点評価、TNFDフォーラムへの参画陸

陸域生態系

IBAT(生物多様性評価ツール)

ソニー

電気機器

工場敷地の自然林「ソニーの森」保全、自然共生サイト認定

陸域生態系

-

三井化学

化学工業

製品・サービスを通じた貢献、リスク評価ツールの活用、サプライチェーン保全

陸域・水域生態系

IBAT、Biodiversity Risk Filter

三井物産

総合商社

「三井物産の森」の管理と生物多様性保護林の区分、地域の文化保全活動

陸域生態系

森林管理技術

キヤノン

精密機器

事業所の緑地保全、自社技術活用、30by30アライアンス参画

陸域生態系

カメラなどの技術

三菱UFJ・みずほ

金融

投融資を通じた保全事業の支援、TNFD対応、ポートフォリオ分析

陸域・水域生態系

TNFD、IBATなどの評価ツール


3. 地域と共生する企業における革新的な挑戦

中小企業に求められる役割と独自の強み

生物多様性保全への取り組みは、大手企業だけのものではありません。中小企業は、地域に根差した事業活動を通じて、地域のサプライチェーンにおける中核を担い、独自の技術力や機動性を活かして、革新的な解決策を生み出すことができます 。生物多様性の保全は、原材料調達におけるビジネスリスクの低減に直結するだけでなく、これまで十分になされていなかった活動領域に踏み込むことで、新たな事業創出の好機にもなります 。

事例:製造プロセスの革新による地域生態系の回復 – 株式会社スマイリーアース

河川汚染を解決した特許技術「自浄清綿法」の革新性

大阪府泉佐野市は、日本のタオル製造発祥の地ですが、かつて製造工程の廃水により、地域を流れる樫井川が日本ワーストワンの汚れた川となった過去があります 。この問題に対し、タオル製造会社である株式会社スマイリーアースは、独自開発した特許技術「自浄清綿法」で根本的な解決策を生み出しました 。この技術は、タオル製造の精練工程で通常使用される化学薬剤をほぼ使わず、水だけで綿繊維から油分や不純物を取り除くことを可能にし、廃水問題を劇的に改善しました 。これは、伝統産業が抱える環境課題を、独自の技術革新によって乗り越え、地域の生態系との共生を実現した優れた事例です.  

地域資源(間伐材)を活用した循環型エコシステムの構築

同社は、製造プロセスの革新に留まらず、エネルギー源にも着目しました。タオル製造に必要な熱エネルギーを、地域の里山から出る間伐材を燃やして賄うことで、脱石油化を実現しました 。これにより、地域の自然資源の適切な管理と利用を両立する循環型エコシステムが構築され、地域全体の持続可能性向上にも貢献しています 。同社の取り組みは、中小企業が本業のプロセスを根本から見直すことで、地域社会と環境に大きなインパクトを与えることができることを示しています。  

フェアトレードと国際目標への貢献

さらに、同社は製品の原材料に、ウガンダ北部の現地農家を支援するフェアトレードを通じて調達したオーガニックコットンを使用しています 。これは、タオル製造のサプライチェーン全体で「誰一人取り残さない」持続可能性を追求する姿勢の表れであり、自社の技術が地域環境を改善するだけでなく、国際的な社会課題解決にも貢献していることを示しています。  

その他の注目事例:専門技術を活かした取り組み

  • 株式会社大気社は、空調制御技術を応用した完全人工光型植物工場を展開し、外界からの害虫や菌類の混入を防ぐことで、無農薬でのレタス生産を可能にしています。これにより、化学農薬が生態系に与える影響を大幅に低減しています 。  

  • 東洋ライス株式会社は、無洗米加工の際に生じる肌ヌカを、土壌改善に役立つ有機質肥料「米の精」に加工する独自の技術を開発しました。これにより、とぎ汁による水質汚濁を防ぎ、循環型農業の実現に貢献しています 。  

  • 株式会社リンナイは、地域ボランティアや近隣企業と連携し、特定外来生物であるオオキンケイギクの駆除活動を継続的に実施しています 。  

これらの事例は、企業の規模や業種に関わらず、自社の専門技術や事業特性を深く掘り下げることで、生物多様性保全という新しいイノベーションの源泉を見出すことができることを物語っています。


4. 生物多様性への取り組みを推進するためのロードマップ

経営戦略への統合:TNFDに基づく評価と開示

生物多様性への取り組みを本質的なものとするためには、経営の最重要課題として位置づけ、戦略に統合することが不可欠です。TNFDは、企業が自然関連リスク・機会を経営の意思決定に組み込むための実践的な「経営ツール」として機能します 。金融機関のSMBCグループやデンソーは、TNFDの開示推奨項目に沿ったレポートを既に公開しており、投融資判断に生物多様性の要素を組み込み始めています 。これは、将来的にすべての企業が気候変動(TCFD)と同様に、自然関連情報の開示を求められ、それが投資家からの評価や資金調達に直結する時代が来ることを示唆しています。  

サプライチェーン全体での協働

企業の生物多様性への影響は、自社の直接的な事業活動だけでなく、原材料調達から製品の廃棄に至るサプライチェーン全体に及びます 。住友林業が森林認証制度を通じて持続可能な木材調達を行う事例 や、スマイリーアースがフェアトレードによってオーガニックコットンを調達する事例 は、サプライヤーとの協働が不可欠であることを示しています。企業は、バリューチェーン全体での環境負荷を可視化し、サプライヤーとともに持続可能な調達へと移行していくことが求められます 。  

イノベーションと技術開発への投資

生物多様性保全は、新たな技術開発と事業創出の機会となることが明らかになっています 。環境省が中小・ベンチャー企業と大企業のマッチングイベントを主催していることは、イノベーションを通じてこの課題を解決し、新たな市場を創造しようという国の意志を示しています 。企業は、自社の技術やノウハウを再評価し、生物多様性保全に資する新しい製品やサービス、ビジネスモデルを積極的に開発していくべきです。  

ステークホルダーとの対話とエンゲージメントの深化

生物多様性保全は、一企業単独で達成できるものではありません。日本航空(JAL)が地域住民や団体と協力して世界自然遺産保全に取り組んでいる事例 や、住友林業が地元自治体や登山愛好団体と協働で希少植物の保全を行っている事例 が示すように、行政、NGO、地域コミュニティ、学術機関など、多様なステークホルダーとの連携が、取り組みの有効性と信頼性を高めます。  

最後に。未来志向の経営と生物多様性

本レポートで分析した国内外の事例は、生物多様性への取り組みが、もはや企業の「オプション」ではなく、長期的な成長と企業価値向上に不可欠な「中核的戦略」であることを明確に示しています。気候変動と生物多様性の課題は密接に絡み合っており、その解決に向けた統合的なアプローチは、日本企業がその強み(技術力、革新性、協調性)を活かし、グローバルな競争力を高める絶好の機会となるでしょう。ネイチャーポジティブ経済への移行は、日本企業に、持続可能な社会の実現を牽引するリーダーとしての役割を期待しています。


【出典・参考文献】

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