ライチョウ(7) — 研究の歴史と研究機関・研究者達

ライチョウ(7) — 研究の歴史と研究機関・研究者達

※本コラムは2025年7月に加筆修正しました。

1. はじめに

標高2,500メートルを超える日本アルプスの稜線に息づくニホンライチョウ (Lagopus muta japonica) は、ライチョウ種の中で日本の固有亜種であり、国の天然記念物です。その生息分布は世界の最南端に位置します。かつて中央アルプス、白山、八ヶ岳などでは絶滅し、1980年代には約3,000羽と推定されていた個体数は、2000年代には2,000羽弱にまで減少していると推定されています。

その生息環境は年々厳しさを増し、気候変動、外来捕食者(キツネ、テン、カラスなど)の侵入、ニホンジカやニホンザルなどの大型哺乳類による高山植生の破壊、観光圧の増大などが、個体数減少の引き金となっています。特に、ライチョウが強く依存する高山植生は、年平均気温が3°C上昇した場合、日本の潜在生息域が現在の0.4%にまで減少する可能性があると予測されており、高山帯の頂上付近に生息しているため、更なる高標高への移動が困難であるという課題に直面しています。

こうした危機に対処するため、環境省は2012年に「ライチョウ保護増殖事業計画」を導入し、文部科学省、農林水産省、環境省を始めとする国、地方自治体、大学、研究機関、動物園、NPO団体などが連携し、最新の科学的知見を基に保護戦略を策定しています。環境省の保護増殖事業計画では、那須どうぶつ王国、横浜市立よこはま動物園、上野動物園、大町山岳博物館、富山市ファミリーパークなどの動物園・博物館も飼育や研究で協力しています。「ライチョウ会議」のような専門家会議も定期的に開催され、情報共有や議論が行われています。

本コラムでは、ライチョウ研究の歴史から最新の取り組みまで、以下の研究を含めて解説します。

2. ライチョウ研究の歴史的経緯

日本の雷鳥研究は信仰から科学へ、そして保全実践へと発展を遂げてきました。

2-1. 江戸時代以前の記録

ライチョウは、古くから日本の山岳信仰や文化の中で特別な存在として扱われてきました。文献上の最初の記録は『夫木和歌集』(1310年頃)に見られ、後鳥羽院が「しら山の松の木陰にかくろいて、やすらにすめるらいの鳥かな」と詠んでいます。また、江戸時代には雷除けや火難除けのお守りとして信仰され、守り札や掛け軸に描かれるなど、立山などの山岳信仰と深く結びついていました。

2-2. 近代(明治~昭和初期):学術研究の始まり

ライチョウに関する学術研究は、明治時代以降に進展しました。

  • 1888年(明治21年):日本人鳥類採集家M. Kikuchi御嶽山と乗鞍岳でライチョウの標本を採集しました。これらの標本は、後年アメリカの鳥類学者オースティン・H・クラーク(Austin H. Clark)1907年に新種『Lagopus japonicus』として記載され現在のニホンライチョウ (Lagopus muta japonica) の学名の基盤となりました
    このタイプ標本はスミソニアン博物館に所蔵されていますが、採集日は当初の論文記載から後に修正されたことが判明しています

  • 1894年(明治27年):英国人ウォルター・ウェストンが北アルプス常念岳周辺で雷鳥猟を行い、著書を通じ西欧に日本アルプスの雷鳥の存在を紹介。

  • 1888年(明治21年):日本人鳥類採集家・菊池儀一郎(菊池桂策とも)が御嶽山と乗鞍岳で雷鳥の標本を採集。この標本は後年まで未記載のまま保管され、新種記載の契機となりました。

  • 1906年(明治39年):新家実次郎による初の生態研究が発表される。

  • 1910年(明治43年):改正狩猟法によりライチョウが「保護鳥」に指定され、通年捕獲禁止となり、近代法で初めて保護が明文化されました。

  • 1929年(昭和4年):矢沢米三郎がライチョウに関する総合的な報告を発表し、全国の生息域の調査を実施して62の山岳に繁殖分布することを示しました。大正末期から昭和初期にかけて、標本採集や各地の調査により、ライチョウの分布が明確になっていきました。

2-3. 戦後(1950年代~1970年代):保護の黎明期

戦後になると、ライチョウの生息数減少が懸念されるようになり、保護活動が本格化しました。

  • 1955年(昭和30年):ライチョウが国の特別天然記念物に指定され、法的保護が開始されました。ライチョウの主要な生息地は、この時期に国立公園や鳥獣保護区として指定され、生息域の法的保護が進みました。一方で、各地のライチョウ個体数減少が進み、中央アルプスでは1965年頃に絶滅が確認されています。その原因の一つとして、駒ヶ岳にロープウェイが架けられ、観光客が多数入山した結果、捕食者(キツネ、テン、ハシブトガラス)の侵入が増加したことが挙げられています。

  • 1960年代:各地の国立公園指定が進み、ライチョウの生息域保護が開始。一方で各地のライチョウ個体数減少が進み、中央アルプスでは1965年頃に絶滅が確認​。

  • 1970年代: 信州大学の羽田健三教授らが北アルプス爺ヶ岳や乗鞍岳などでライチョウの生態調査を長期継続しました。縄張り分布や個体数の推定方法が確立され、日本初の本格的なライチョウのフィールド研究が行われました。その成果により各山域の生息状況が明らかになり、開発や登山圧による影響が指摘され始めました。

2-4. 1980年代~1990年代:生態研究の進展と保全戦略の進展

1980年代以降、ライチョウの生態研究が進展し、年間を通じた生活史が解明されました。

生息数調査では、1961年から1984年にかけての調査で約3,000羽と推定され、 行動研究では、繁殖期に高山帯で生活し、冬季には森林限界以下の亜高山帯へ移動する季節ごとの標高移動が確認され、雄と雌で越冬地が異なることも明らかになりました。 生息数を脅かす要因として、外来捕食者(キツネ、テン、カラス、オコジョ等)気候変動による生息適地の減少の可能性が報告され、これらが個体数減少の一因となっています。この時期から、飼育技術の確立や遺伝子解析の重要性が認識され始め、後の保全戦略の基礎が築かれました

2-5. 2000年代~現在の取り組み

2000年代に入り、ライチョウの保全活動は一層高度化し、以下の取り組みが進められています。

(1) 政策と法的保護の強化

2002年に環境省が策定した「生物多様性国家戦略」を皮切りに、ライチョウは国内で注目すべき保護対象となりました。ライチョウは、1955年に国の特別天然記念物に指定されており、その法的保護は以前から存在しました。その後、2012年の環境省レッドリストで絶滅危惧IB類(EN)に引き上げられ「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づく「ライチョウ保護増殖事業計画」が同年10月に策定されるなど、法的保護がさらに強化されました。生息地の多くは国立公園や鳥獣保護区にも指定されています

(2) 保護増殖事業と生息域外保全

  • 保護増殖事業

    2012年には環境省にて「ライチョウ保護増殖事業計画」が策定され、その目標である「自然状態で安定的に存続できる状態とする」ために、人工繁殖や飼育下保全が本格化しました。第一期(2014-2019年度) および第二期(2020-2024年度)の保護増殖事業実施計画 が策定され、動物園や繁殖センターでの人工孵化、ヒナの育成が進み、各施設での取り組みが全国的に展開されています。2024年には上野動物園、横浜市繁殖センター、富山市ファミリーパークが共同で野生オスから採精した精子を用いた人工授精に国内で初めて成功し、6月にヒナ2羽、7月に1羽が孵化しています。これにより、飼育下個体群の遺伝的多様性維持に貢献しています。

  • 生息域外保全
    日本動物園水族館協会(JAZA)と連携し、上野動物園、富山市ファミリーパーク、茶臼山動物園、那須どうぶつ王国、いしかわ動物園、市立大町山岳博物館など8園館で飼育・繁殖プログラムが実施され、野生復帰のための飼育下保険集団の創出と維持が目指されています。

(3) 野生復帰プロジェクトの展開

  • 中央アルプス野生復帰プロジェクト
    かつて地域絶滅した中央アルプスでは、2018年、約50年ぶりにライチョウの雌個体が確認されたことを契機に、再導入プロジェクトが本格的に始動しました。2019年には乗鞍岳から卵を移送し野生母鳥に抱卵させる試験を実施し、雛が孵化したものの全滅しましたが、2020年には動物園の飼育卵による野生復帰試験と同時に乗鞍岳からの3家族(成鳥3羽、雛16羽)の移植も実施されました。中央アルプスのライチョウは遺伝子解析の結果、乗鞍岳集団と同一とされています。 2021年には環境省は「中央アルプスで半世紀ぶりに雷鳥の自然繁殖を確認」と発表しました。2024年時点では、中央アルプスでの個体数は約130個体程度まで増加し、御嶽山や乗鞍岳と同程度の水準に回復しています。 移植放鳥の試みや、野生個体群の再構築のための補助移動(Assisted Migration)も検討され、特にニホンジカやニホンザルによる高山植生の破壊、捕食者(キツネ、テン、カラス、オコジョなど)の増加といった減少要因の対策が講じられ、現場でのデータ収集とフィードバックが進められています。

(4) 最新技術の導入

  • GPS追跡調査
    ライチョウの移動パターンを正確に把握するため、GPS発信機を用いた追跡調査が実施され、繁殖期に高山帯で生活し、冬季には森林限界以下の亜高山帯へ移動する季節ごとの標高移動 や、雄と雌で越冬地が異なること が明らかになっています。

  • 遺伝子解析
    各山岳ごとの個体群の遺伝的分化と多様性維持のため、ミトコンドリアDNA(mtDNA)やマイクロサテライトDNA解析が進められ、現在までに7つのハプロタイプが確認されており、山岳集団ごとに異なる遺伝的多様性を持つことが判明しています。この情報は保全戦略に反映されています。

  • 腸内細菌の研究
    近年、ライチョウの腸内細菌叢が、高山植物の消化機能や免疫強化 に果たす役割について研究され、野生個体の健康維持のメカニズムが明らかになっています。特に、有毒物質ロドデノールを分解する能力も確認されています。これに基づき、動物園での飼育環境でも野生個体の糞抹を投与する「凍結乾燥糞末投与」などの技術が導入され、ヒナの生存率向上に寄与しています。アイメリア原虫との共生関係の可能性も指摘されています。

(5) 「ライチョウ会議」による全国連携

定期的に開催される「ライチョウ会議」では、環境省、各自治体、大学、研究機関、NPO団体、そして関係動物園が一堂に会し、最新の調査結果、技術の進展、国際情報などを共有しています。この会議は、ライチョウ保全の方向性を決定するうえで重要な場となっており、気候変動の影響評価や適応策の検討、飼育増殖技術や野生復帰技術の確立、捕食者対策 など、最新の気候変動シナリオや保全技術のアップデートを全国的に連携するための枠組みを提供しています。


3. 保全に係る組織、研究者、会議

3-1. ライチョウ保護のための主要組織

日本ライチョウの研究・保全活動に関わる組織を一部紹介します。
なお、下記以外にもライチョウ保護に尽力されている組織・団体がありますことを予めお伝え致します。

組織名

役割・活動内容

環境省(信越自然環境事務所を含む)

・「ライチョウ保護増殖事業計画」 を2012年10月に策定し、ライチョウが自然状態で安定的に存続できる状態を目指しています。

・種の保存法に基づく法的保護 を管理し、2012年の第4次レッドリストでライチョウを絶滅危惧IB類(EN)に引き上げました。

・生息地の維持・改善、捕食者対策(キツネ・テン・カラス等)、ニホンジカ・ニホンザル対策、感染症対策など、多岐にわたる保全活動を推進しています。

・中央アルプスにおける野生復帰プロジェクト の実施計画を策定し、再導入や個体群の復活を目指しています。◦各関係機関との情報交換やモニタリング体制の構築を推進しています。

各自治体(都道府県・市町村)

・ライチョウの分布域である新潟県、富山県、石川県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県がライチョウ保護増殖事業の区域として関与しています。

・環境省やその他関係機関と連携し、生息状況の把握やモニタリング、捕食者対策、普及啓発、餌資源の確保(高山植物栽培) など、地域に特化した保全活動を実施しています。例えば、長野県や岐阜県は定期的な調査を実施し、富山県では富山雷鳥研究会が長年の調査報告をまとめています。

日本動物園水族館協会(JAZA)

・「第2期ライチョウ生息域外保全実施計画」 を策定し、環境省と連携して飼育下保険集団の創出と維持、飼育・繁殖技術の開発、野生復帰に資する科学的知見の集積を進めています。

・加盟園館と協力し、分散飼育体制を確立しています。◦飼育下個体群の遺伝的多様性維持を目指し、野生個体からの人工授精技術の開発や卵の交換などを実施しています。

大学・研究機関

・信州大学(中村浩志名誉教授を中心に)は、ライチョウの生息数調査、遺伝子解析、生活史の研究、気候変動の影響予測など、多岐にわたる研究を牽引しています。遺伝的多様性については、ミトコンドリアDNAの解析によって、山岳ごとに異なる遺伝子組成を持つ個体群に分化していることが明らかになっています。また、剥製からの遺伝子情報解析など、過去の個体群に関する研究も進められています。

・大阪公立大学(松林誠准教授)は腸内寄生性コクシジウム原虫の研究に携わっています。

・東京理科大学(倉持幸司准教授)は食草の化学成分分析を行っています。

・日本獣医生命科学大学(太田能之教授)や岐阜大学も協力機関として名を連ね、野生復帰技術開発や科学的知見の集積に貢献しています。

一般財団法人 中村浩志国際鳥類研究所

上記、信州大学の記述を参照

日本鳥学会

ライチョウの記載に関する歴史研究や、分布と生息個体数に関する学術的な知見をまとめるなど、専門的な情報共有の場を提供しています。

ライチョウを飼育している動物園・機関

施設名

活動内容・特徴

上野動物園(東京都)

・公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)の加盟園館として、環境省の「第2期ライチョウ生息域外保全実施計画」に基づき、飼育下個体群における遺伝的多様性維持のための人工採精や人工授精の技術開発に取り組んでいます。

・2024年には野生オスから採精した精子を用いた人工授精に国内で初めて成功し、ヒナが孵化しました。

・飼育雄の精液凍結保存や、その精液を使用した人工授精の実施にも取り組んでいます。◦スバールバルライチョウの飼育も行い、先行的な技術開発に資しています。

富山市ファミリーパーク(富山県)

・上野動物園、横浜市繁殖センターと共同で実施した野生オスからの人工授精でヒナの孵化に成功しました。

・飼育繁殖に取り組み、野生復帰事業における家族による野生復帰の候補個体飼育園の一つです。

・飼育雄での採精や精子活性確認の手技習得にも取り組んでいます。

市立大町山岳博物館(長野県)

・ライチョウの低地飼育を長期間実施し、生理・生態・病理等に関する知見を培ってきました。

・高山植物の栽培や代替餌の開発にも協力しており、高山環境を再現した飼育に取り組み、保護・啓発活動を実施しています。

・野生復帰のためのヒナの飼育において、糞末と高山植物の採餌により野生型の腸内細菌叢に近づけることに成功しました。

いしかわ動物園(石川県)

・JAZAと連携して飼育・繁殖プログラムに参加しており、野生復帰候補個体の飼育を通じて、遺伝的多様性の維持に貢献しています。

長野市茶臼山動物園(長野県)

・JAZAと連携し、飼育・繁殖プログラムを実施しています。野生復帰候補個体の飼育を通して、飼育技術の向上を目指しています。

那須どうぶつ王国(栃木県)

・JAZAと連携し、野生復帰のための技術開発、特に野生家族の飼育や前期野生順化(高山植物への餌慣れ、運動能力向上、環境利用シミュレーション、天敵回避シミュレーションなど)に取り組んでいます。

・ヒナの腸内細菌叢構築において成果を上げています。

横浜市繁殖センター(神奈川県)

・JAZAと連携し、繁殖補助技術の開発(精液の凍結保存や人工授精)を専門的に行っています。

白馬五竜高山植物園

・ライチョウの餌となる高山植物の栽培と供給を行っており、飼育施設への高山植物の提供体制構築に貢献しています。

3-2. 国内のライチョウ研究を行う方々

僭越ながら敬称略にて紹介させていただきます。氏名は五十音順となります。
また、以下に記載した方々以外にも(過去に遡った上でも)多大な貢献をされている研究者がいらっしゃいますことを予めお伝えしておきます。

氏名(肩書)

研究内容概要

秋葉 由紀(富山市ファミリーパーク獣医師・日本動物園水族館協会〈JAZA〉ライチョウ計画管理者)

飼育下繁殖・生息域外保全の第一人者。

・日本動物園水族館協会(JAZA)の一員として、ライチョウの生息域外保全計画を推進しています。これまでの活動には、飼育下保険集団の創出と維持、飼育・繁殖技術の開発、野生復帰に資する科学的知見の集積などが含まれます。

・2024年には、富山市ファミリーパーク、横浜市繁殖センター、上野動物園との共同事業として、野生のオスから採取した精液を用いた人工授精に国内で初めて成功し、ヒナ2羽が孵化しました。これはライチョウの域外保全における重要な成果です。

・JAZAの加盟園館は、ライチョウの個体展示を通じて普及啓発活動も行っており、秋葉氏もこの取り組みに関与しています。

牛田 一成(中部大学応用生物学部 教授)

・ライチョウの腸内細菌学を専門とし、その研究を主導しています。特に、野生ライチョウの腸内細菌が高山植物に含まれる有害物質(ロドデンドリンなどのフェノール配糖体)を分解する能力を持つことを解明しました。

・飼育下個体で失われがちな有益菌の重要性を指摘し、ヒナの生存率向上のため、野生ライチョウ由来の乳酸菌(Lactobacillus apodemi)やその他の嫌気性菌(Escherichia fergusonii)を用いた新規プロバイオティクス(有用細菌)の開発に取り組んでいます。

・スバールバルライチョウをモデルとした消化管内容物の滞留時間計測など、ライチョウの生理に関する研究も実施しています。

小林 篤(環境省信越自然環境事務所野生生物課 生息地保護連携専門官)

・ライチョウの行動生態研究者であり、中村浩志名誉教授と協力して、年間を通じた群れのサイズ・構成や季節的な標高移動パターンを詳細に報告しました。

・日本の高山環境の特性(多雪、強風、梅雨など)とライチョウの生活史の適応について深く考察し、繁殖地と越冬地の完全な分離や、育雛期の高標高地への移動が見られないニホンライチョウの生態的特徴を明らかにしています。

肴倉 孝明(一般社団法人山岳環境研究所 代表理事)

・NPO法人ライチョウ保護研究会の代表として、中部山岳地域で長年にわたりライチョウの生態調査・保護活動に携わっています。

・北アルプス白馬岳や火打山などでの生息状況調査や、巣穴周辺での抱卵行動の観察研究に参加しています。

・環境省の「ライチョウ保護増殖事業」にも協力し、遺伝子解析用の試料採取など現場での調査を担当しています。

・気候変動やニホンジカ・ニホンザルなどの外来捕食者による影響が生息地に及ぼす脅威について問題提起し、地域社会と協働した保全活動の推進を訴えています。

津山 幾太郎(国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所)

・モデル生態学の観点からライチョウの分布変遷と将来予測に関する研究を行っています。

・気候変動がライチョウの潜在生息域に与える影響を定量的に評価し、2081年から2100年の予測では、日本の北アルプスにおける潜在生息地の99%以上が失われる可能性を指摘しました。また、一部に残存する高標高地が気候変動下のレフュジア(避難場所)となる可能性も示唆しています。

西海 功(国立科学博物館 動物研究部 研究主幹)

・分子生態学・鳥類学の専門家として、ライチョウの遺伝的多様性に関する研究を主導しています。

・各山岳地域のミトコンドリアDNA(mtDNA)多型を解析し、日本のライチョウ個体群がわずか数種類のハプロタイプしか持たないこと、特に御嶽山や南アルプス南部では遺伝的多様性が極端に低いことを明らかにしました。

・これらの研究結果に基づき、小集団の遺伝的劣化を懸念し、保全遺伝学の重要性を提唱しています。著書「ライチョウの保全遺伝学-遺伝的多様性をどうすれば守れるか」(2020年)でも、遺伝的視点からの保全指針を示しています。

西野 優子(信州大学 山岳科学総合研究所)

・高山環境におけるライチョウの生理・行動に関する研究に携わっています。野外のニホンライチョウの生殖内分泌(ホルモン)に関する調査を行い、繁殖期における行動と生理変化の関連性を調べています。

中村 浩志(信州大学名誉教授・中村浩志国際鳥類研究所 代表)

ライチョウ研究の第一人者。
・長年にわたりライチョウ研究を牽引してきた「雷鳥博士」として知られ、信州大学で羽田健三氏の指導を受けました。

・1970年代からフィールド調査を重ね、生息数の減少やニホンジカ・ニホンザルなどの新規捕食者(低山動物)の侵入にいち早く危機感を抱き、1990年代以降は研究と並行して本格的な保護活動を展開しました。

・北アルプス、乗鞍岳など各地で繁殖生態や個体群動態を調査し、多くの弟子を育成してきました。

・近年は環境省の「ライチョウ個体群復活プロジェクト」を主導し、中央アルプスへの野生復帰事業を陣頭指揮しています。2020年には乗鞍岳から木曽駒ヶ岳への家族移植(成鳥とヒナの移送)を実施し、中央アルプスでの個体群復活に道筋をつけました。

・小林篤氏との共著論文では、ライチョウの季節移動と群れ生態に関する研究を発表しています。

馬場 芳之(九州大学大学院 比較社会文化研究科 (研究当時)

日本産ライチョウ類の遺伝学的研究の草分け的な研究を実施しています。

・2001年に初めて本州産ライチョウのミトコンドリアDNA(mtDNA)系統解析を実施しました。

・この解析により、日本のライチョウ個体群が最終氷期(約1万〜2万年前)に大陸系統から分化して日本列島に移り住んだことが明らかにされました。

・中村浩志氏のグループとの共同研究では、全国の各山岳個体群を詳細に分析し、国内個体群内で5つの新たなハプロタイプ(遺伝子配列の型)を含む計6系統のハプロタイプを同定しました。

・特に、南アルプスと北アルプス(およびその周辺山岳)の集団間に遺伝的交流がほとんどなく、大きく2つの遺伝的集団に分かれている可能性を示唆し、地域個体群ごとの保全単位設定の重要性を提起しました。これは、最終氷期以降の温暖化に伴う個体群の隔離と分化の結果と考えられています。

松林 誠(大阪公立大学大学院 獣医学研究科 教授)

ライチョウの寄生疾患研究における中心的な専門家です。

・野生ライチョウで高率に感染が判明しているコクシジウム類(アイメリア属)雛の生残率低下の要因になり得ることを明らかにしました。

・2018年には、ライチョウに寄生する新種の原虫 Eimeria raichoi(ライチョウイ)を発見・命名し、国際寄生虫学雑誌に報告しました。この種は北米のシチメンチョウに寄生するアイメリア原虫に近縁であり、もう一つの既知種である Eimeria uekii はニワトリに寄生するものに近縁です。

・検出された原虫に対する効果的な駆虫法の検討や、寄生虫感染が個体群動態に与える影響評価にも取り組んでいます。

・これらの成果はライチョウ保全医学に新たな知見を提供し、人工飼育や野生復帰の成功率向上に大きく寄与しています。

・倉持幸司氏との共同研究では、ライチョウの食性による寄生虫感染防御メカニズムについても調査しています。

羽田健三 (信州大学名誉教授)

戦後から約30年間にわたりライチョウの生態研究に従事した日本のライチョウ研究の先駆者です。

・日本アルプス各地で広範囲にわたるフィールド調査を実施し、ライチョウ研究の黎明期を支えました。

・ライチョウの縄張り分布調査や生息数推定方法を確立し、数々の重要な成果を残しました。1961年から1984年までの調査で、日本のライチョウの総個体数が約3,000羽と推定されました。

・研究内容は、その後の保護政策(鳥獣保護区指定など)に大きな影響を与えました。

・ライチョウがハイマツ(Pinus pumila)を営巣場所、隠れ場、そして餌としても利用していることを指摘し、日本の高山におけるハイマツの存在が、世界の南限に隔離分布するライチョウの存続に大きく寄与してきたと示唆しました。

・雛の死亡率が孵化後1ヶ月で特に高いことなど、ライチョウの生活史に関する詳細な知見を明らかにしました。

・大町山岳博物館での低地飼育の初期の試みにも深く関与しました。

村田 浩一(日本大学生物資源科学部特任教授)

野生動物医学の観点からライチョウ保全に貢献している獣医師です。

・ライチョウの血液中のマラリア類(Leucocytozoon)の地域差や季節差を解析し、疾病リスク評価を進めました。

・病原性寄生虫の新種発見にも貢献しています。

・2018年には、中部大学や大阪公立大学のチームと共同で、ライチョウ寄生原虫の生活環を解明し、繁殖期のコクシジウム感染拡大が雛の死亡要因の一つである可能性を報告しました。

・ライチョウ由来の大腸菌の遺伝子・血清型を調べ、環境汚染指標とする研究も行っています。

・飼育下のスバールバルライチョウを用いた消化管生理研究も実施しており、野生ライチョウの腸内細菌叢が多様な植物由来の二次代謝産物や有毒物質の分解、病原体に対する感染抵抗性の向上、消化促進に寄与していることを明らかにしました。

・特に、野生ニホンライチョウから分離された乳酸菌 Lactobacillus apodemi や Streptococcus gallolyticus を用いて、飼育下ライチョウの腸内細菌叢を再構築する試み(シンバイオティクス開発)を行っています。この取り組みは、抗生物質投与に比べて感染症による死亡率の低下に繋がることが示されています。

・また、野生ライチョウの性ホルモン測定を通じて、繁殖行動の季節変化とホルモンレベルの関連性についても研究しています

倉持 幸司(東京理科大学創域理工学部 教授)

天然物化学・環境科学の観点からライチョウの生態を研究しています。

・大阪公立大学の松林誠教授らとの共同研究で、ライチョウが嗜好する高山植物7種から抽出した二次代謝産物23種について薬理効果を検証しました。

・その結果、一部の植物成分(例:シンフォリカルポール、ロドデノール)が腸管コクシジウム原虫(アイメリア)の増殖を抑制・殺滅する作用を持つことを発見しました。この発見は、ライチョウが食性によって寄生虫感染から身を守るメカニズム(食性による自衛)を示唆するものであり、注目されています。

・この知見は、人工飼育や野生復帰時の飼料選択に応用できる可能性があります。

・また、腸内細菌による有毒成分分解の研究にも参画しており、食草に含まれる有毒物質(例:グラヤノトキシン)の有無などを検討しています。

・これらの研究は、ライチョウの生理学的・化学的両面から、その生息環境への適応を支える要因を解明することに貢献しています

3-3. 「ライチョウ会議」と全国的な保護戦略

「ライチョウ会議」 は、環境省や各自治体、大学、研究機関、そして野生保全に携わるNPO団体が一堂に会し、最新の個体数調査、行動データ、気候変動シナリオに基づく生息地予測、外来捕食者対策、そして人工繁殖・野生復帰プロジェクトの進捗などを共有する重要な会議です。

この会議を通じ、科学的知見が各地域の保全活動に反映され、全国的な連携体制が構築されています。環境省の「ライチョウ保護増殖事業計画」や各「実施計画」は、このような検討会での専門家の意見を踏まえて策定されており、国、地方自治体、専門家、地元団体などが一体となって取り組むことが目標とされています。

また、会議では国際的な知見も積極的に取り入れられ、より効果的な保全策が模索されています。例えば、遺伝的多様性の比較ではピレネー山脈やヨーロッパアルプスのライチョウとの比較が行われ、スバールバルライチョウの飼育・繁殖技術や生理特性からの知見が日本のライチョウ保全に応用されています。これは、ニホンライチョウが世界の分布最南限に位置し、日本の高山環境に高度に適応している一方で、気候変動の影響を最も強く受ける可能性のある集団であるという認識に基づいています。

4. 未来にむけた取り組み

ライチョウ保護の現場では、ライチョウの生息を脅かす様々な要因(気候変動、捕食者の増加、低山動物の侵入、生息環境の劣化、感染症、人為的な攪乱など) に対処するため、以下のような多角的な取り組みが進められています。

4-1. 気候変動適応策

ライチョウは、世界の分布域の最南端に位置する日本固有亜種であり、本州中部の高山帯にのみ隔離分布しています。日本の高山環境は多雪や冬期の強い偏西風、梅雨の存在といった特異な気象条件を持ち、ライチョウはこの環境に高度に適応していますが、同時に地球温暖化の影響に最も脆弱な地域の一つとされています。

  • 生息適性地の極端な縮小予測
    最新の種分布モデルによるシミュレーションでは、温暖化の進行に伴う高山植生の減少によって、ライチョウの潜在生息域が2081~2100年には現在の0.4%にまで急減すると予測されています。例えば、年平均気温が3℃上昇した場合、日本のライチョウの個体数は20.4%にまで減少し、御嶽山と乗鞍岳の集団は絶滅する可能性が推定されています。日本の高山帯はすでに山頂付近や稜線部にしか生息可能な環境が残されていないため、海外の個体群のように高標高地へのさらなる移動が困難であると指摘されています。

  • 「気候変動レフュジア(避難地)」の特定と保護強化
     気候変動の影響下でもライチョウの生存を維持できる可能性のある小規模な生息地(レフュジア)が特定されており、これらの地域では保護区の指定や、保護レベルの引き上げ、人間による入山制限、ゴミ管理の厳格化など、より強化された管理政策の検討が求められています。

  • 個体移送(Assisted Migration)の検討
    温暖化への適応策として、現在の生息域から他の生息可能な地域へライチョウを人為的に移動させる「移動補助」や繁殖補助などの保全策の検討が必要とされています。特に、高山帯のハビタット(生息環境)が山頂から消失していく多くの山岳種にとって、個体移送が絶滅を防ぐ唯一の戦略となる可能性も示唆されています。

4-2. 遺伝的多様性の維持と促進

ライチョウの各個体群は、最終氷期に大陸から日本列島へ移動した後、山岳ごとに隔離分布し、異なる遺伝子組成を持つ個体群に分化していることがミトコンドリアDNAの解析から明らかになっています。遺伝的多様性の低下は、環境変化への適応能力の低下や絶滅リスクの増加につながるため、その維持と促進は重要な課題です。

  • 人工繁殖技術の活用
    人工授精と精液の低温輸送
    東京動物園協会に加盟する上野動物園、横浜市繁殖センター、富山市ファミリーパークが協力し、野生のオス個体から精液を採取し、低温輸送した上で、飼育下のメスに人工授精を行うことに日本で初めて成功しました。これにより、遺伝的多様性を維持するために新たな系統を飼育下保全集団に導入する道が開かれました。

    ・卵・雛の交換
    中央アルプスでの野生復帰事業では、創始個体数が少ないことから近交化のリスクが懸念されており、生息域外保全集団から得られた卵や雛鳥との交換を行うことで、遺伝的多様性の維持に寄与することが検討されています。

  • 中央アルプスへの個体群再導入
    中央アルプスのライチョウは1969年(昭和44年)以降、確認が途絶え地域絶滅したと考えられていましたが、2018年7月に雌1羽が約50年ぶりに確認されました。遺伝子解析の結果、この個体や過去の剥製から、中央アルプスのライチョウが乗鞍岳の個体群と同一の遺伝集団であることが判明しています。

    この再確認を受け、絶滅リスク軽減と個体群追加を目的とした復活事業が開始されました。2019年には乗鞍岳から中央アルプス駒ヶ岳へ有精卵の移植試験が実施され雛が孵化しましたが、その後全滅しました。2020年には、乗鞍岳からの野生家族(母鳥と雛)の移植試験が実施され、2020年9月末時点で雌成鳥4羽、亜成鳥14羽の生存が確認されています。

    2024年には中央アルプスの個体数は約130個体まで増加し、第二期保護増殖事業実施計画の目標を1年早く達成しました。これにより、中央アルプスは自立個体群として認定される見込みとなり、環境省レッドリストにおいて絶滅危惧IB類(EN)から絶滅危惧II類(VU)へのダウンリストが検討されています。この進展に伴い、ケージ保護事業は2024年度で終了し、野生復帰事業も2025年度を最終年度とする予定です。

    2025年は約30個体(亜成鳥20~25個体、成鳥5~10個体)が中央アルプスに放鳥される計画で、健康被害リスク軽減のためアイメリア原虫を一部付与しない形での放鳥も試みられます。遺伝的多様性確保のため、2024年には野生雄からの精子採取に初めて成功し、人工授精により2系統の新たな遺伝子を飼育下に導入できました。また、捕食者(テン、キツネ)対策やニホンザルの追い払い事業も継続的に実施されており、ニホンザルの出現頻度は年々減少しています。

    保護増殖事業は、2030年度以降は一旦終了し「監視フェーズ」へ移行する予定です。

4-3. 生息域外保全と野生復帰

ライチョウは1955年に国の特別天然記念物に指定され、2012年には環境省のレッドリストで「絶滅危惧IB類(EN)」にカテゴリーが引き上げられたことから、「種の保存法」に基づく保護増殖事業計画が策定されました。これを受けて、動物園施設での生息域外保全(飼育下保全)と野生復帰プロジェクトが推進されています。

  • 飼育下保全の実施施設
    公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)加盟園館である那須どうぶつ王国、富山市ファミリーパーク、市立大町山岳博物館、横浜市繁殖センター、いしかわ動物園、長野市茶臼山動物園、恩賜上野動物園、多摩動物公園、飯田市動物園、秋田市立大森山動物園などの9施設で飼育が行われています。当初はスバールバルライチョウを用いた飼育・繁殖技術の知見集積が行われ、現在ではニホンライチョウの飼育・繁殖に移行しています。

  • 人工繁殖技術の進展と課題
    大町山岳博物館では1963年から40年間にわたり低地飼育に取り組んでいましたが、感染症(サルモネラ菌、トリアデノウイルス、コクシジウムなど)の問題を克服できず、2004年に中断しました。しかし、現在では、初生雛への抗生物質投与を生菌剤で代替する試みや、繁殖ステージに応じた栄養管理など、飼育方法の開発が進んでいます。孵化率や育雛率にはまだ課題が残されており、特に孵化直前の温度設定が重要であると指摘されています。

  • 野生復帰プロジェクト
    中央アルプスへの野生復帰は、野生家族(母鳥と雛)を捕獲し、ケージ内で一時的に保護して現地環境に慣れさせた後、放鳥する「ソフトリリース方式」が採用されています。放鳥前には、高山植物への餌慣れや運動能力の向上、天敵警戒シミュレーションなどの「前期野生順化」が動物園で行われ、現地では「後期野生順化」として短期間のケージ保護が行われます。放鳥後の個体には足輪や発信機が装着され、生存状況や繁殖状況がモニタリングされています。

  • 移送時の課題
    2024年の野生復帰個体移送時には、移送中の高温多湿によるヒートショックで一部の個体が死亡する事故が発生しました。これを受け、移送マニュアルの作成、移送箱の改良、車両運搬方法の検討などが進められています。

4-4. 腸内細菌研究の応用

ライチョウの消化生理に貢献する腸内細菌の研究は、野生個体の健康維持メカニズムの解明と、それを飼育下個体に適用することを目指して進められています。

  • 腸内細菌叢の構造分析と再構築
    野生ライチョウの腸内(盲腸)微生物叢の構造分析が進められています。孵化直後の雛の腸管は無菌状態であるため、野生復帰を目指す個体の腸内細菌叢の構築が重要とされています。野生ライチョウ由来の糞末(凍結乾燥粉末)を餌に混ぜて投与する試験が行われており、那須どうぶつ王国と大町山岳博物館では、糞末と高山植物の採餌によって野外型の腸内細菌叢に近づけることに成功しました。この糞末投与は、孵化翌日までの開始を徹底し、21日間の連続投与が効果的であることが示されています。

  • 高山植物の給餌と腸内細菌叢
    野生のライチョウが主に摂食するガンコウランなどの高山植物には二次代謝産物が多く含まれており、これが野生型の腸内細菌叢の構築と維持に重要である可能性が指摘されています。飼育下での給餌では、各園で高山植物の嗜好性にばらつきが見られ、那須どうぶつ王国では皿を使わず壁に植物を付けるなどの給餌方法で良好な採餌が確認されています。今後、生の高山植物だけでなく、ガンコウランなどの凍結乾燥粉末を餌に混ぜることで、嗜好性の違いを軽減し、腸内細菌叢の早期誘導が試みられます。放鳥の事前チェックでは、野生個体に準ずる腸内細菌叢を有し、採餌した高山植物を消化できることが基準とされ、タンナーゼ活性が指標とされています。

  • アイメリア原虫の付与
    ライチョウにはアイメリア原虫という寄生虫が寄生することが報告されており、野生個体はこれに対し一定の抵抗性を有すると考えられています。飼育下個体への付与も試みられ、放鳥候補個体への付与に成功しています。しかし、ニホンライチョウはスバールバルライチョウに比べ微量でも容易に感染が成立する可能性があり、高濃度感染では健康被害も確認されています。このため、2025年度からは一部の個体に対しアイメリア原虫を付与せずに放鳥する新たな取り組みが計画されており [会話履歴, 55]、これにより野生環境での感染動態や健康被害の不明点を検証し、技術確立を目指します。未感染個体の後期野生馴化では、高濃度感染を避けるための対策も進められています。

4-5. 各地のNPO等による保全活動

ライチョウの保護増殖事業には、国、地方自治体、専門家だけでなく、地元の保護活動団体や地域の住民、登山者なども一体となって取り組むことが目標とされています。

  • 捕食者対策:
    キツネ、テン、カラス、オコジョ、チョウゲンボウなどの捕食者による影響が報告されており,南アルプスや中央アルプスでは、捕食者(キツネ、テン)の捕獲事業が進められ、一定の成果を上げています。

  • 低山動物の侵入対策
    ニホンジカやニホンザルといった低山動物の高山帯への侵入による高山植生の食害や、雛の死亡事例が報告されており、中央アルプスではニホンザルの追い払い事業が実施され、成果を上げています。

  • 生息地環境改善
    火打山では、イネ科植物の繁茂による生息環境の劣化が確認され、その除去試験から高山植物の回復効果とライチョウの利用増加が示唆されています。

  • 登山者への啓発と協力
    人為的なゴミ放置や不適切なし尿処理が捕食者侵入の一因となるため、登山者への普及啓発や、地域との連携も重要な取り組みです。

5. おわりに

日本ライチョウは、長い歴史の中で多くの試練を乗り越え、氷河期から現代に至るまで高山帯で生き抜いてきました。
その命の歴史は、ただ「生きた化石」としての価値だけでなく、気候変動、遺伝的多様性、生息域外保全、腸内細菌など、現代の環境保全に必要な多くの知見を提供してくれます。
研究者たちや行政、動物園、地域社会が一丸となって進める「ライチョウ会議」や各種プロジェクトは、未来のライチョウ保護の希望となっています。
今後も新たな知見と技術の融合を通じ、ライチョウが日本の高山環境で生き続けられるよう、私たちは不断の努力を続けていくことでしょう。

次回は、ライチョウが「人を恐れない」理由と、その文化的背景に迫ります。なぜ、彼らは私たちの足元にひょっこり現れ、逃げずに近づいてくるのか。その謎を解き明かしていきます。

【出典、参考文献】

  1. 環境省 (2020) レッドリスト2020
    https://www.env.go.jp/press/107905.html

  2. 環境省 信越自然環境事務所 (2020) 第二期ライチョウ保護増殖事業実施計画
    https://chubu.env.go.jp/shinetsu/content/900117622.pdf

  3. 中村浩志, 小林篤 (2018) 「ライチョウの群れ構成と標高移動の季節変化に関する研究」
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/67/1/67_69/_article/-char/ja/

  4. 一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所 活動紹介
    https://hnbirdlabo.org/index.php/activity_introduction/

  5. 長野県  「ライチョウ保護スクラムプロジェクト」
    https://www.raicho-nagano.jp/

  6. 立山室堂 ライチョウ見守りネット
    https://raicho-mimamori.net/jp/conservation/

  7. 石川県白山自然保護センター研究報告 (2019) 江戸後期から明治期の紀行文・登山記録に残された白山のライチョウ
    https://www.pref.ishikawa.lg.jp/hakusan/publish/report/documents/raityo.pdf

  8. Masanobu Hotta, Ikutaro Tsuyama, Katsuhiro Nakao, Masaaki Ozeki, Motoki Higa, Yuji Kominami,Takashi Hamada, Tetsuya Matsui, Masatsugu Yasuda and Nobuyuki Tanaka(2019) Modeling future wildlife habitat suitability: serious climate change impacts on the potential distribution of the Rock Ptarmigan Lagopus muta japonica in Japan’s northern Alps
    https://bmcecol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12898-019-0238-8

  9. 信州大学 研究ハイライト(2023) 剥製に尋ねる100年前の遺伝子情報
    https://www.shinshu-u.ac.jp/research/highlight/2023/11/100-1.html

  10. 大阪府立大学 プレスリリース(2018) ニホンライチョウに寄生する病原性原虫の新種を特定―生息数増加に貢献、新種を「ライチョイ」と命名―
    https://www.osakafu-u.ac.jp/press-release/pr20180720/

  11. 市立大町山岳博物館 「ライチョウ会議報告書」

    https://www.omachi-sanpaku.com/sanpaku/grouse/

  12. 伊東 剛史(2021) ニホンライチョウの記載に関する歴史研究  (専修大学学術研究リポジトリ)
    https://senshu-u.repo.nii.ac.jp/record/12232/files/3061_0312_04.pdf

  13. 環境省 中部山岳国立公園 ホームページ
    https://www.env.go.jp/nature/nationalparks/list/chubu-sangaku/

  14. 東京ズーネット 「日本初! 野生のニホンライチョウから精液採取と人工繁殖に成功!」
    https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=ueno&link_num=28637

  15. ライチョウ保護スクラムプロジェクト
    https://www.raicho-nagano.jp/

  16. 環境省 火打山での環境改善対策
    https://chubu.env.go.jp/shinetsu/content/900117424.pdf

  17. 市立大町山岳博物館 「ライチョウ会議報告書」
    https://www.omachi-sanpaku.com/sanpaku/grouse/

  18. 環境省 信越自然環境事務所 令和6年度 保護増殖検討会資料
    https://chubu.env.go.jp/shinetsu/wildlife/rockptarmigan/R6-1.html

  19. ニホンライチョウ保護増殖に資する腸内細菌の研究
    https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/db/pdf/interim_result/4-1604.pdf


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